第十篇 夜真珠(ナイトパール)
著者:shauna


 夜も更けた魔道学会フェナルト支部で唯一明かりを灯す第15研究室でロビンから全ての報告を受けたシュピアは静かに頷いた。

 「・・・なるほど・・・話は分かったよ。」
 「これが真実ならば、魔道学会の威信にかかわる前代未聞の事件になります!!!」

 必死の形相で訴えるロビン。しかし、それとは逆にシュピアは居たって冷静だった。

 「あの・・・驚かないんですかシュピアさん。」
 「ん?まあ、焦っても仕方ないしな・・・」
 
 流石Aランク魔道士・・・。心底その姿には感心する。

 「さて・・・・」

 書いていたレポートを封筒に閉じて鞄に詰め、シュピアが立ち上がる。

 「私はリア君と共に今から刻の扉を使ってフロートシティの本部に行ってくるよ。今回の件を学長連や会長に報告して今後の判断を仰いでこよう。上手くすれば『空の雪』を壊滅させる絶好の機会になる。」
 「は・・・はい。」
 「君は本物の幻影の白孔雀に空の雪の資料を渡してあげてくれ。蔵書庫は私の権限で自由に使えるようにしておくとしよう。私の方も出来るだけ本部から優秀な魔道士を呼べるように手配する。」
 「はい!!」
 「では、よろしく頼んだよ。」

 シュピアはそう言い残し、研究室を後にする。
 それを見送り、ロビンも自らの仕事を果たすために蔵書庫へと走って行った。。



    ※       ※            ※


 ファルカス達が広場に到着した時・・街はすでに下級デーモンで埋め尽くされていた。
 空を見れば羽の生えたデーモンが大量に飛び、地にはウロウロとまるで亡者のようにデーモンが闊歩している。
 サーラが退魔結界陣(ホーリー・フィールド)を張っていなければ今頃奴らが一斉に襲い掛かって来ている頃だろう。
 相変わらず状況は良くない。
 今になってみればあの時無策で飛び出そうとした自分がどれだけバカだったのかが理解できる。
 何しろ、現在の味方4人の中で唯一無傷なのは自分だけなのだ。
 ロビンは病み上がり、シルフィリアはサーラとの戦いでレーヴァテインに罅を入れてしまい、さらに、あれだけ超高等魔術を連発したのだから残魔法力も少ないはず。
 そして、一番被害が大きいのはサーラだ。ブリーストのローブはレーヴァテインと相打ちで破れる寸前(その為、今は身に着けていない)。さらに杖はレーヴァテインに真っ二つにされ、もはやテープと布の補修により辛うじて原形を保っている状態だ。この退魔結界陣(ホーリー・フィールド)だって、いつものサーラの魔術と比べれば比較にならないぐらい弱々しい。
 

 「お待たせしました。」

 約束の時間の5分前・・・シルフィリアが到着する。

 「シルフィリアさん・・・遅くない?」
 「すみません、いろいろ準備に手間取ってまして・・・」

 全身を真っ白なローブで覆ったシルフィリアは静かに頭を下げる。
 「さて、それでは作戦通りに参ります。それぞれがここから3方向に分かれ、街の中心に位置する大聖堂を目指すこと。いいですか。一応、私や聖蒼貴族も援護しますのでそれほど心配はないと思いますが、もし危険な状況だったらすぐに撤退。もし、失敗してもだれか一人でもたどり着ければ演奏を阻止することができます。お互いを信頼し合って行動すること。以上です。」

 「うん。」「おう。」

 2人が頷いていよいよ作戦開始となった。
 
 それぞれが別々の道を選択して一斉に走り出そうと準備する。

 「サーラさん。」
 
 スタートを待ち構えるサーラをシルフィリアが呼びとめた。
 
 「これを・・・」

 ローブの袖からシルフィリアが緑色の絹を取り出す。

 「これって・・・」
 一度大きく振って広げるとそれは、
 「ブリーストのローブ!?」

 先程の戦闘で解れた糸は見事に補修され、薄く対魔法コーティングまで施されている。
 「始めて治すモノだったので少し時間がかかりました。」
 すごい・・完璧かそれ以上の修復だ。元々暫く地下に置いてあったため、埃まみれで少し生地が傷んでいるんじゃないかと思う節もあったが、今ではそれも垣間見えない。
 「ありがとう!!!」
 とびっきりの笑顔で微笑み、それを軽く羽織る。
 それを特に喜ぶわけでもなく、シルフィリアは・・・

 「来い、メルディン(アクシオ・メルディン)・・・」

 静かに唱え、手に杖を出現させた。
 「これも・・・」
 「えっ!?」
 シルフィリアに杖を手渡され固まるサーラ。
 というのも、この杖は確か、自分との戦闘でシルフィリアが圧倒的な力を与えていた杖のはず。
 素人眼に見ても相当レアな杖だし、価格にすればそれこそ青天井に上がっていてもおかしくはないはず・・・こんなもの・・・
 「いいの?」
 「使い方に少々コツが要りますが、サーラさんなら大丈夫。すぐに慣れます。私には”ヴァレリー・シルヴァン”がありますし、それに、その杖ではまともに戦闘も出来ないでしょう?」
 
 シルフィリアがそう言って見つめた先。
 サーラの杖は本当に酷い状況だった。
 
 レーヴァテインで真っ二つにされた後、熱で焼かれ、ボロボロになってしまった為、テープや布で仮に補修してはいるが、所詮は素人考え・・・。正直みすぼらしい上にいつ壊れてもおかしくない。
 
 「その杖は後で私が補修しますから、今はこれを・・・少なくともその杖よりは全てにおいて上のはずですよ?」

 確かにその通りだ。何しろ、この回復杖(ヒール・ロッド)はこれまで散々酷使し続けた上に、それ自体に使われている石、回復石(ヒールストーン)がものすごく高価な為、買い替えるわけにもいかずここまで来た杖。
 
 タダでさえ、老朽化してきたのにこれじゃあ・・・

 というわけで・・・

 「じゃあ、借りるね。」
 「はい。」
 
 杖を受け取り、サーラがスタンバイ位置へと向かう。
 サーラに背を向けたシルフィリアは今度はファルカスに、
 「ファルカスさんにはこれを・・・」
 そう言って今度はファルカスに真新しい剣を手渡した。
 太刀のような反った片刃が特徴の刀。全体は黒色で刃だけが銀色に光っている。
 その形状だけから見てもロングソードとはかなり異なるようだが・・。
 
 「研究中のモノですが、一応試験はしてありますので問題なく使えるはずです。超鋼音波刃(ソニックブレイド)“シラヌイ”あなたに預けます。」

 「・・・よく分からないけど・・ありがとな・・・」
 「御武運を・・・」

 3人がそれぞれスタンバイをし、サーラが合図する。
 
 「それじゃあ・・・退魔結界陣(ホーリー・フィールド)を解くよ。」

 サーラの呼びかけに2人が静かに頷いた。時を同じくして、シルフィリアが手元にヴァレリー・シルヴァンを呼び出す。

 「行くよ・・レディ・・・ゴーーー!!!」

 サーラが陣を解いた途端に襲い掛かってくるデーモンの軍団。
 その姿はまさに骸骨といった感じ。
 スカルヘッドと呼ばれる集団戦を得意とするタイプの下級魔族だ。
 ファルカス、サーラ共に戦闘態勢へと移行する
 それぞれ、剣と杖を構え、剣と杖を振りあげ・・・るより前にシルフィリアの詠唱が終わる。

 「来たれ、暴風 空を埋め尽くす矢羽となれ 拡散する白き死の大地(ビェラーヤ・オブ・アルビオン ディフューシオ)!!!」

 シルフィリアが両手を頭上に掲げると同時にその手の先に出現するバレーボール大の光玉。
 
 そして、そこから無作為に白い弓矢を打ち出す。
 
 否。発射された全ての矢は的確にスカルヘッドの急所を捉え消滅させていくのだ。

 発射速度は衰えることを知らず、ついにサーラとファルカスが手出しをする前に全ての敵がシルフィリアの前に消滅させられた。

 「さて・・参りましょうか?」

 涼しい顔をして光輝ける翼(アラ・リュミエール)を展開させ、大聖堂を目指すシルフィリア。

 それとは逆に唖然とした表情で彼女を見つめるファルカスとサーラ。

 「なあ、サーラ。」
 
 「・・・何?」

 「街での戦闘の時、あれされたら勝てたか?」
 
 しばし無言になるサーラ。
 
 「・・・ううん。絶対無理。」

 「良かったな・・・敵じゃなくて・・・」
 「う・・・うん・・・。」

 暫くそんな会話を繰り返して・・・
 
 「何か悔しいから負けられなくなってきた!!行こうファル!!」
 「おう!!久々に燃えてきた!!!」

 2人もそれぞれの道へと進んで行くのだった。


  ※      ※         ※

 その後、シルフィリアが大聖堂に到着したのは20分後のことだった。
 本来ならばものの数分で着いてしまうはずだったのだが、住民の安全性を考えると空を飛びまわっている飛行魔族(ラヴァルデーモン)と言われる羽根の生えた下級種をそのまま放っておくわけにもいかなかったのだ。
 しかし、いくら倒しても効果が見込めなかったため、簡単な結界を張り、住民には危害が加わらないようにした。
 これである程度は安心だろう。


 大聖堂の中は予想以上に静かだった。
 誰もいない大聖堂の中でただただインフィニットオルガンの音だけが静かに流れていく・・・
 そのあまりの静けさが不気味だったのか、フードの中からヒョッコリとセイミーが顔を出した。

 「大丈夫ですよ。」

 その顔を優しく撫でて、シルフィリアは再び回廊を進んで行く。

 そして、やっとインフィニットオルガンの置かれた中央教会に入る手前の巨大な扉まで来た時・・・

 「!」

 2人の人影を見つけた。

 長い金髪と青の髪。サーラとファルカスだ。
 
 「2人とも、怪我はないようですね。」

 2人が頷く。

 「さて、御対面と行きましょうか・・・リオンとクロノの2人に・・・」

 シルフィリアが静かに手を構える。

 「破裁球(ミョルニール)・・・」

 唱えた呪文で出現したのはシルフィリアの身長はあろうかという鎖付きの鉄球。

 「筋肉石像の使徒(マッチョ・ロック)・・・」

 次の呪文で召喚したのはボディビル世界選手権に出られそうなぐらいの筋肉を持った石造。それが目の前の破裁球(ミョルニール)を持ち上げて・・・

 ―ドォン!!!!―

 思いっきりドアに打ち付けた。衝撃で吹き飛ぶドアの破片。

 「絶対守護領域(ミラージェ・ディスターヴァ)・・・」

 静かに呪文を唱え、その破片から3人+一匹を完全に護る。

 そして、中に入り・・・





 目つきを一変させた。





 まず目に飛び込んで来たのは向かって左側に描かれた魔法陣の中で苦しそうに呻くオボロ。おまけのその中にはハクまで・・・
 これは、鍵にされることで全身の自由を束縛されているため。
 
 次に、向かって右側の台座でまるでプラズマライトのように魔力を放出し続ける水の証。

 そして、最後にさらに視線を強くしたシルフィリアが見つめたのが・・・

 インフィニットオルガンを演奏するクロノとこちらが部屋に入ってきたのに気が付いてはいるものの、まるで嘲るように一段高い演奏台からこちらを見下ろすリオンの姿だった。
 
 「あら・・以外と早かったのね・・・。もう少し苦戦するかも知れないと思ったけど・・・」
 
 「あまり舐めないで頂けますか?それとも偽物だけに少し頭脳が足りないんでしょうか?」

 棘のある言葉にリオンがムッと顔を顰める。

 「まあ、待て・・・」

 そう言って今度はクロノが立ち上がった。
 演奏をオートにセットしてこちらを向いてシルフィリアを見つめる。

 「初めまして。幻影の白孔雀さん。私はクロノ・リュティア・・こっちはリオン・スターフィ・・・ってそんなことはもう知ってるな。」

 ニヤつくクロノに終始シルフィリアは表情を変えない。

 「知っていますが、そんなことに興味はありません。興味があるのはただ一つ・・。アリエス様はどこですか?」
 「さてね・・・お得意の目の力で調べてみてはいかがかな?」

 「使えているのならとっくにそうしています。」

 「ほう?では私たちが何かしたと?」
 
 「MCM・・・」

 シルフィリアが静かに呟き、その瞬間クロノとリオンの表情が一変した。

 「現在魔道学会で研究中の装置の名前です。Magical Counter Measure(魔術対抗装置)・・・・魔術による強力なデジタル電波の発生で魔術を中和し阻害する装置です。その巨大さ故に持ち運びはなかなか難しいですが、それでもあれを使えば半径10mは魔法による一切の干渉を受けません。それを使っているのでしょう?」


 「・・・参ったな・・・」


 クロノが頭を掻いた。

 「まさか、そこまでお見通しだとは思わなかったよ。流石幻影の白孔雀・・・いや、聖蒼貴族といったところか?」
 
 「それを使っているからこそ、私も魔道学会が敵であると判断できたわけです。」
 「なるほどな・・・流石、数多魔道士を超越する幻影の白孔雀ってとこか・・・」
 緊張感を強めるクロノの隣でリオンが両腰のダガ―ナイフを抜いた。
 “エアダガー”と呼ばれるその刃は明らかに安物では無い品質のいい輝きを放っている。
 
 2本のエアダガーをヒュンヒュン回してリオンが構えを作った。
 
 それを見て後ろで黙っていたサーラとファルカスもそれぞれ構える。
 
 それを見たリオンはすぐにあらかじめ置いておいたペンキのボトルを3人目掛けて投げつける。

 しかし、所詮はただの投擲。注意している相手に通じる筈もなく、3人はこれを難なくかわした。

 まあ、当然、これが当たることなど、リオンは予想していない。

 このペンキの意味は他にある。

 演奏台のある教壇の手すりを飛び越え、3人と同じ床に飛び降りるリオン。

 そして・・・

 美しく舞い、表面の乾いた床のペンキをヒールで削って行く。

 描き出されたのは複雑かつ優麗な魔法陣。


「魔族召喚(サモン・デーモン)!!!!」


 リオンがそう叫ぶと同時にインフィニットピアノが同調する。
 陣が眩く光り輝き、3人は瞳を細めた。

 やがて、光が消えて、そこに姿を現したのは・・・

 3人の男だった。

 それぞれが豹の頭。山羊の頭。牛の頭をしていて、一番最初の男がスーツでそれ以外は簡単なズボンに上半身が裸だった。武器も山羊と牛のみ手に巨大な斧を持っている。

 「我が名はオセ・・召喚に応じ参上した。」
 「我が名はバフォメット・・・召喚に従い参上した。」
 「我が名はミノタウロス・・・召喚を受け参上した。」


 3人が静かに言う。
 
 「命令よ。あの白い髪の女。それとついでに後ろの青髪ローブと金髪剣士もやっちゃって。」

 「「「御意っ!!!」」」
 
 3人がほぼ同時に応え、時を同じくしてシルフィリア達目掛けて襲い掛かった。

 「セイミー・・・」

 シルフィリアの呼びかけでその肩から飛び降りた黒猫が人型に姿を変える。 
 最も、手にハルバートを持ち、険しい表情をしているのだが、全身をメイド服で包んでいる上に、そのフワフワヘアーの上にはヒョコッと猫耳が乗っていたりするものだから、あまり緊張感がないのだが・・・
 
 「あの山羊頭を何とかして下さい。目ざわりです。」
 「了解です。それで、シルフィリア様は?」
 「あのスーツの豹頭のお相手を仕ります。私の記憶ではあれが一番厄介ですから。ファルカス様とサーラ様はあの牛頭をなんとかしていただけますか?」

 2人は黙って頷いた。

 「さて・・・では戦を始めますか・・・」

 シルフィリアの一言で全員が目標とする魔族目掛けて突っ込んだ。

 

 まず、槍を合わせることになったのはセイミーだった。
 向かってくるバフォメット目掛けて槍を構えることもせず、むしろ手を後ろで組んでポーズすら取る余裕を見せる。
 そして、バフォメットがその左手に握った巨大な斧を振りおろそうとした瞬間・・・
 セイミーが飛んだ。
 猫の特性を生かした身長の何倍ものハイジャンプ。槍を回転させながら、そのまま体操選手もビックリの身のこなしで空中で頭を下にして・・・

 《複数の歩く者(ドッペルゲンガー)》
 
 無詠唱で6体以上の自分の分身を作り出す。
 そして、そのまま落下し、空中から降るように分身を使って6連撃。
 しかし、流石中級魔族。これは避けられてしまう。ならばとセイミーは分身を消して、バフォメットとの間合いを詰め、


 超高速の刺突連撃。


 そして、相手が一瞬体勢を崩した所で・・・ハルバートの柄を使ってバフォメットの足を払う。
 
 そのまま地に背中を着けたバフォメットに向かってセイミーがハルバートを振り下ろす。

 しかし、バフォメットもなんとかこれをかわし、瞬間的に立ち上がって、鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

 その一方で、シルフィリアもレーヴァテインを鞘から抜いた。
 ヒビが入ってはいるものの、流石伝説の魔剣。その威力は衰えることを知らない。が、それは敵も同じであった。
 空間から出現させたレイピアを軽やかに操りながらシルフィリアの本気の攻撃に難なく付いてくる。
 確かに、本業は魔道士であるものの、剣の腕前においても、少なくとも帝国将軍に引けを取らない実力があり、またそのことに関して自信があるシルフィリアにとって、これはかなりの屈辱だった。
 
 「我が剣についてくるとは・・・」
 
 オセが喜々とした声をあげる。

 「久々に面白い・・・」

 「どうも・・」
 そっけなく返事をしてシルフィリアは再び剣を振った。
 それを上手くかわすオセだったが、やはり、リーチの違いが災いし、かるく剣が腕を掠った。
 肉の焼ける匂いが辺りに染みる。
 
 「グッ・・私の腕を・・・」
 
 苦痛に顔を歪ませるオセにシルフィリアは容赦なく連撃を与える。
 
 「グァ!!!」

 オセの悲鳴が響いた。

 それでもなんとか立ち上がり、再びレイピアを握るオセ。もちろん、シルフィリアもあの程度で倒せるとは思っていない。

 なにしろ相手はあのオセ・・・魔族の中でも最上級といわれるソロモン72柱の一柱なのだから。
 

 そこから何合も剣を合わせる。
 
 力量がほとんど等しいだけにシルフィリア、オセ共に同量の傷を負う。
 しかし、スーツに血が滲むオセに対し、シルフィリアはローブこそ裂けているものの血はまったく滲んでいない。
 そのことに関し、静かにオセが疑問を抱く。 


 「・・・貴様・・・何を着ている?」

 
 魔族元来の治癒力で体を超絶的なスピードで回復させながらオセが呟く。

 「その白きローブの下に一体何を着ている。」

 「・・・・・・」 

 シルフィリアは何も答えずに静かに首元の留め金を外した。

 スルリとローブが床に落ち、その下に着た服の正体を明らかにする。
 軍服、礼装、そのどちらとも取れるほど豪華な服だった。黒を下地にし、そこに金糸や銀糸で様々な刺繍が豪奢に施された上着と腰巻。肩口は大きく開き、そこからさらに装飾用のチェーン等が服をさらに優美に見せている。
 
 しかし、その優美さとは裏腹に、オセは顔を凍りつかせた。
 
 「なるほど・・・その服・・・聞いたことがある・・・かつて、我らの同胞を数千と葬った一人の魔道士が居たという・・。遥かなる昔、他を寄せ付けぬ圧倒的な力ですべてを破壊しつくした伝説の魔道士。その名は確か・・・シルフィリア・・通り名は“幻影の白孔雀”・・。」

 シルフィリアが僅かに顔を緩ませる。

 「どうですか?身を引く気になりまして?」
 「いいや・・・これは好機・・・」
 
 冷汗をかきつつもオセの顔に笑顔が宿った。
 
 「幻影の白孔雀を落としたとなれば、私の名は魔界にも瞬時に広まる!!悪いが、我が名を知らしめる為の踏み台になっていただこう!!」
 
 「できるものなら・・・」
 シルフィリアも笑みを強め、再び激しい剣劇が始まった。



 サーラとファルカスは終始無言で戦っていた。
 だが、まるでお互いの心が通じ合っているかのように、一部の隙も見せない完璧なコミュニケーション。それはまるで人間離れしていた。
 
 1+1は必ずしも2ではない。
 そうとでも言うように、腕力と俊敏さで圧倒するミノタウロスを追い詰めていく。

 ファルカスが剣で切れば、サーラは簡単な魔術でそれを支援する。

 完璧すぎるコンビネーション。
 それに驚愕したのはリオンだった。
 
 そんな馬鹿な・・・オセもバフォメットもミノタウロスも本来なら自分自身の力だけでは決して呼び出せない中級以上の魔族のはず。もちろん、それらと対等に戦っているのが他の誰かなら説明が付く。例えばオセの相手をしているのはあの幻影の白孔雀だし、バフォメットの相手をしているのもその白孔雀の使い魔なのだから、これは納得できなくもない。

 しかし、あの2人。青髪の少女と金髪の男に至っては正直、今の実力ではミノタウロスには勝てないはずだ。

 なのに今、彼女たちは対等かそれ以上に戦っている。

 常識ではありえない。なにか特殊な力が働いているとしか思えない。

 何かカラクリがあるはずだ。何かカラクリが・・・

 その時・・


 ―!!―

 リオンの電流が流れた。

 ―まさか!!!―

 「魔族召喚(サモン・デモン)!!」

 陣が再び輝きだし、エビル・デーモンが数匹飛び出す。

 そして、その全員がサーラとファルカスめがけて八方位から突っ込んだ。

 これは間違いなく避けられない。事実、2人はどうにか逃げようとしたものの、肩と足にわずかに傷を負ってしまった。
 その時だ・・・

 ポンッというシャンパンのコルクを抜いたような音とともに煙が上がり、2人が煙に包まれる。そして、煙の中から現れたのは・・・

 「なっ!!!」

 身代わりの金貨と小さな精霊だった。

 「シルフィリア!!!」

 リオンが名を呼ぶ。

 「貴様一体何をした!!!」
 
 その言葉にシルフィリアが僅かに苦笑いを浮かべた。

 「そろそろ、限界ですね・・・セイミー!!!」
 
 その言葉が合図であったかのようにセイミーが身を引いて、同時にシルフィリアが「来い、私の杖よ(アクシオ・ヴァレリーシルヴァン)」と左手に杖を呼び出した。

 「来たれ魔精、闇の精。裁きの光を以って我包む天と地を雪白(ゆきしろ)に染めよ 『白帝(エンプレス・オブ・アルビオン!!)』」

 上空から降り注ぐように降ってきた真っ白な光の柱がオセとバフォメットを直撃し・・・

 悲鳴すらあげる間もなく消滅させた。

 その光景に一瞬ミノタウロスと8体のエビルデーモンが視線を奪われる。

 その刹那

 「何、よそ見してるんですかぁ?」

 間の抜けた声とは正反対に8体に分身したネコミミメイドの鋭いハルバートの一撃が9体の魔族の心臓を同時につらぬいた。

 時間にしてわずか数秒。

 それだけで、召喚した中級魔族が葬り去られる。

 「そう・・・そういうことね・・・」

 リオンが静かに呟いた。
 それに対し、シルフィリアは・・・
 
 ニヤリと笑みを強める。

 そして、シルフィリアが笑うと同時に・・・
 閉ざされていた聖堂広間への扉が勢いよく開いた。
 
 「シルフィリア様ー!!!」
 
 大声を上げてサーラとファルカスが飛び込んでくる。
 
 それに対し、驚くリオンとクロノに対し、シルフィリアは冷静に問いかける。
 
 「首尾は?」
 
 対し、サーラは・・・
 
 「完璧!!!」
 そう言って、勢いよく親指を立て、ウィンクしながら満面の笑みを浮かべた。



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